かつて、ある製薬メーカーに勤めていたときの話です。私は肝障害の治療薬「バイオス」(仮名)を担当していました。
市場環境とバイオスの立ち位置
肝障害の治療領域にはすでに多くの薬剤が存在しており、市場は飽和状態でした。バイオスは後発として登場しましたが、直前に上市された競合製品「パルフェクト」(仮名)が圧倒的なインパクトを持っていました。無再発率100%という驚異的な治療成績を誇るパルフェクトに対し、バイオスは無再発率96%。後発でありながら競争力が低く、さらに副作用のリスクもありました。
競争力の厳しさ
・有効性:パルフェクト(100%) vs. バイオス(96%)
・副作用:パルフェクトの方が軽微
・投薬スケジュール:パルフェクトは1日1回、食事制限なし
バイオスは1日2回、食後のみ
・通院負担:バイオスは副作用モニタリングのため定期通院が必要
こうした条件から、どう見てもパルフェクトの方が優れている状況でした。
営業としての苦悩
当然、会社としても売り方が定まらず、研修部が出した方針のひとつは「バイオスはかわいい」でした。 「マネジメントがややこしい=手間がかかる=かわいい」という意味でしたが、営業戦略としては曖昧なものでした。
さらに、当時の課長は「売れにくい薬を売ってこそ営業の真価が問われる」と士気を高めようとしていました。しかし、現場の反応は厳しく、医師からの反応もネガティブなものばかり。
ある医師は「これを売ると〇〇さんの成績になるんだよね?今度の患者さんに提案してみるね」と言ってくれましたが、結局半年間の営業活動で一つも処方を獲得できませんでした。
売る意義を見出せない葛藤
私自身、この薬を「なぜ使うべきなのか?」という問いに対して答えを見つけることができませんでした。製品の強みを見つけられなければ、熱意を持って提案することはできません。
幸いにも、バイオスは1年も経たずに販売目標から外されました。製品開発には多額の投資がされ、多くの患者さんの貢献もありました。しかし、競争力が低く、患者さんに負担を強いる可能性のある薬を、無理に売るべきではないとも感じました。
抗がん剤営業と倫理観
もし、今の会社で同じような状況に直面したらどうするか?
もし、万が一抗癌剤メーカーでもありながら、明らかに他剤に劣りながらも無理に売るよう求められた場合、私ははっきりと異を唱えるでしょう。そして、それでも状況が変わらなければ辞める決断をするかもしれません。
もちろん生活があるので、転職に困らないようそのためにも市場価値を高めておく必要があります。しかし、製薬メーカーの営業として目標と倫理観が揺れる場面は少なくありません。
そのような判断に迷ったとき、私は常に「それを自分の大切な人が病気になったとき、その薬剤を腹の底から勧められるか?」という視点を軸にしようと決めています。
抗がん剤の営業という仕事は、単に製品を売ることではなく、患者さんの命と健康に寄与することが本来の目的です。その本質を忘れずにいたいと思います。
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